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自民党の改憲「たたき台素案」には致命的な欠陥があった件

全体の要点

自民党が憲法改正について(2012年の草案とは別に)2018年に公表した、憲法改正に関する「たたき台素案」によれば
①内閣が一存で、国会の審議抜きで、法律と同じ効力を持つ政令を定めることができ、これによって、例えば官庁組織を自由に設立したり、刑罰を定めることもできる。条文上は、有効な歯止めは存在しない。
②国会議員の任期を無限に延長することができ、内閣総理大臣も終身在任とすることができる。

はじめに - 自民党の改憲「たたき台素案」

 2012年に自民党が作成した憲法改正の草案の緊急事態条項については、過去のnote記事で批判的な検討を行ってきました。

 ただ現在は、自民党はこの2012年改憲草案には必ずしもこだわらず、改憲を提案する項目を簡略化・縮小した4項目の「たたき台素案」を2018年にまとめて公表し、国会での議論を求めています。(ただし、上記の2012年改憲草案を正式に撤回とか破棄したというわけではありません。)

 この「たたき台素案」の4項目とは、9条改正、緊急事態条項、参議院の合区解消、教育制度から構成されていますが、この記事では緊急事態条項の部分を検討します。

やはり致命的欠陥がある緊急事態条項

 先に結論からいうと、この「たたき台素案」の緊急事態条項の案は、2012年改憲草案よりも簡略な内容になっていますが、やはり致命的な欠陥があり、到底使うことができるようなものではありません。

 以下、具体的に説明しましょう。まずは緊急事態条項に関する条文を見てください。この案は「第73条の2」と「第64条の2」という2つの条文に分かれていますので、それぞれ分けて確認しましょう。

緊急事態では内閣が法律抜きで政令を定めることができる

まず第73条の2から。これはさらに2つの「項」に分かれています。

第73条の2
 (第1項)大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。

 
 なんとなく条文を眺めると、なんということもないことを言っているだけのように思えますが、果たしてどうでしょうか。

 この第1項は、国会による法律の制定を待っていられないと認められる特別の事情がある場合には、国会が法律を定めていなくても、国民の生命、身体及び財産を保護するため内閣が政令を制定できる、ということを定めています。

 ここでは、「政令」という言葉が出てきます。政令とは、内閣が定める命令です。内閣が現在でも多くの「政令」を制定していることは皆さんはご存じと思いますが、そういう現在の「政令」と、この改憲案の「政令」とは、どこが違うのでしょうか。

現行憲法では、原則として、法律がなければ内閣が政令を定めることはできない

 現在でも内閣は様々な「政令」を制定していますが、これは、既に存在する法律の委任を受けて細かい部分を定めたり、法律の執行を行うための決まりを定めるためのものなのです。
 くだけた表現で説明すると、まず、ある分野の事項について国会で定めた法律があるが、その法律だけでは書ききれない細かい部分の規定が必要になった場合に、内閣が政令でそれを決めるという手順になっているわけです。

 つまり、まず法律があって、その法律のための細かい部分を決めるのが政令ということになります。

  例えば、何らかの政策目的のために国民の権利を制限する場合、それをいきなり内閣が政令で直接決めることはできず、まずは国会の定める法律が必要ということになります。国民の権利を制限するからには、まずは、国民の代表者である国会が審議して法律で定めるのがスジということになるからです。(★注1)

現行憲法では、法律が「家」、政令が「内装」

 いわば法律が「家」、政令が「内装」のような関係であり、一番大切な「家」=法律の部分は、国民が選んだ議員から構成される国会がしっかり議論して決めることになっています。

 つまり「家」=法律は国会が作るものであり、内閣はその「家」の範囲の中で細かい「内装」=政令を決める立場ということになります。どこにどのような「家」を建てるかは、民主的に国民から選挙で選ばれた国会が決めるということです。

(下図:現在のイメージ。国会には国民の選挙によるコントロールが及んでいることに注意)

 原則として、内閣が勝手にゼロから政令を作ることはできません。そんなことができるなら、内閣が法律を作るのと同じになってしまうからです。先ほどの比喩でいうと、「家」の場所や形まですべて内閣に丸投げして自由に決められるのと同じようなことになってしまいます。

 さらに現行憲法では、政令で罰則(刑罰)を定めることも可能ですが、それにはやはり法律の委任が必要とされています(73条6号)。つまり法律の何らかの規定がなければ、内閣が勝手に政令で刑罰を決めることはできません。

自衛隊法(法律)と自衛隊法施行令(政令)の関係

 わかりやすい例としては、「自衛隊法」と「自衛隊法施行令」の関係が挙げられるでしょう。

 現在の自衛隊の組織は、まず「自衛隊法」という法律を国会が制定し、そこで自衛隊の組織の大きな枠組みを決めています。そのうえで、細かい部分について、内閣が「自衛隊法施行令」という政令を発して規定したわけです。
 内閣がゼロからいきなり政令を作って、直接的に自衛隊の組織を決めたというわけではありません。
 ここでは「自衛隊法」が家で、「自衛隊法施行令(=政令)」が内装ということになるわけです。

 また警察の場合も、「警察法」(法律)がまずあって、そのうえで内閣が定めた「警察法施行令」(政令)が存在しています。内閣がいきなり政令を出して警察の組織を作り上げたわけではありません。

自民の改憲案では、法律がなくても政令をいきなり作ることができる

 ところが、自民党の「たたき台素案」の「政令」は、この現在の政令とはまったく違います。

 この改憲案に出てくる政令は、緊急事態の際に、国会が法律を定めるのを待っていられないときに、内閣が一存で政令を定めることができるのですから、要するに政令が法律の代わりになるのと同じであり、先ほどの比喩でいうと、内装業者が、大工のチェックも受けず、最初から一人で勝手に家を建ててしまうようなものでしょう。

(図:自民党改憲案のイメージ)

 つまり国会の審議なしで、内閣の一存で法律を作るのと同じことになります。(そうではないのなら、現在の憲法のままで良いはずで、この「73条の2」を作る意味はありません。)

 さきほどの自衛隊法や警察法の例でいえば、極論すると、国会の審議抜きで、法律もないのに、内閣が政令だけでいきなり自衛隊や警察の組織を作ったり、さらには罰則を定めることもできるということになります。

誰が「国会による法律の制定を待てない」と判断するのか?

 さらにそもそも論として、「国会による法律の制定を待っていられないかどうか」という判断は、どこが行うのでしょうか。

 それは国会ではないことが明らかです。国会が法律を決めていられない事態だということですから、国会が議論して決議することなどないでしょう。となると、内閣しかありえません。

 内閣が自分で判断するなら、何の歯止めもないのと同じですから、結局のところ、内閣が自由自在に「国会による法律の制定を待っていられない」と自分で決めて、自分で勝手に政令を制定し、法律と同じような効力を与えることができるようになるのと同じことになります。

国会の事後承認がなかった場合の歯止めがない!

 次に73条の2の第2項を見てみましょう。

第2項)内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。

 これはどうでしょうか。内閣が、緊急事態のときに、法律と同じ効力を持つ政令を作ったときには、国会の事後承認を得なければならないとされています。

 一見、これはまともな規定のように見えるでしょう。
 ところがここでは「速やかに国会の承認を求めなければならない」と書いてあるだけで、「速やかに」とはいつまでなのかがわかりません。半年後なのか、3年後なのか、10年後なのか、まったく限定がないのです。

 さらに問題は、国会の承認を得られなかった場合(「国会で否決された場合」と、「そもそも国会で審議されなかった場合」と、両方が考えられます)に、その政令の効力がどうなるのかも決められていませんし、その場合に内閣に何のペナルティもありません。

 細かい点は「法律で定めるところにより」と書いてあるだけです。ということは、例えば法律で「3年以内に承認を得なければならない」とか「承認を得られなかった場合でも効力は失われない」と決めても良いことになるでしょう。

 これでは何の歯止めにもなりません。条文の上では、国会の承認を得られなかったとしても、緊急事態の政令の効力を永久に継続させることも可能だということになってしまいます。

結局、内閣がすべて一存で勝手にできる

 結局のところ「たたき台素案」では、内閣が「今は緊急事態だから」と勝手に自称して、国会が法律を制定しないまま、勝手に一存で政令を制定し、その政令によって官庁組織をゼロから作ったり、刑罰を定めたりして、国民の権利や自由を制限することも、理論上は可能な条文になっているわけです。

緊急事態では国会議員の任期を無限に延長できる!

次にもう一つの条文、第64条の2です。

  第64条の2
  大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の3分の2以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。

 これは割とわかりやすい条文です。災害(緊急事態)の際に、選挙の実施が困難と認められれば、国会は出席議員の2/3以上の議決によって、議員の任期の特例を定めること(要するに、選挙を行わず、任期を延長させるということ)ができるということです。

 この問題は明らかでしょう。先ほどの「政令」と同じで、まず選挙の適正な実施が困難であることを誰が判断するのかという問題がありますが、さらに「任期の特例(延長)」がいつまで可能なのか、上限がどこにも書いてありません。

 「法律で定めるところにより」とありますので、法律の決め方次第では、極論すれば永久に延長することも可能な条文になっています。

議員だけでなく内閣総理大臣の在任まで無限に延長可能!

 特に衆議院議員の任期が延長されるということは、深刻な問題を引き起こします。現在の憲法の次の条文を見てください。

  第70条 内閣総理大臣が欠けたとき、又は衆議院議員総選挙の後に初めて国会の召集があったときは、内閣は、総辞職をしなければならない。
  第67条 内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。(以下略)

 この2つの規定により、衆議院議員の総選挙の後で国会が最初に召集されたときに、現在の内閣はいったん必ず総辞職し、改めて内閣総理大臣を国会が選びなおすことになっているわけです。(当然、総選挙で与党が勝利すれば、前の内閣総理大臣と同じ人物が改めて国会によって指名されることもあります。)

  それでは、自民党の改憲「たたき台素案」のとおり、衆議院議員の任期が延長されたとしたら、どうなるのでしょうか。

 衆議院議員の任期が延長されるということは、その間は総選挙が行われないことを意味しますから、総選挙後の国会召集でいったん現在の内閣が総辞職することもありません。つまり現在の内閣が、そのままいつまでも続くということを意味するのです。極論すれば終身在任の内閣総理大臣を作り出すことも可能ということになります。

結論 - 内閣の一存で刑罰さえ決めることができ、終身政権の可能性も

 そろそろ結論に入りましょう。以上見てきたところからもわかるとおり、自民党の改憲についての「素案たたき台」を見る限り

 ①内閣が一存で、国会の審議抜きで、法律と同じ効力を持つ政令を定めることができ、これによって、例えば官庁組織を勝手に設立したり、刑罰を定めることもできる。条文上は実質的な歯止めはない。
 ②国会議員の任期を無限に延長することができ、内閣総理大臣も終身在任とすることができる。

 という内容になっています。

 このように自民党の改憲の「素案たたき台」は、致命的な欠陥を抱えた案だということが言えるでしょう。

 「問題がある案なら、国会で審議して直させるべきだ」という意見もあるかも知れませんが、国会のなりゆき次第では、そのまま可決されてしまう危険もあります。
 あまりにも欠陥が重大であって、そもそも国会に提出して審議すること自体がおかしい案というべきであり、どうしても改憲について議論したいのであれば、案それ自体を撤回して作り直すべきでしょう。 

(★注1)例外として、現在、法律の根拠がなく政令だけで行われている行為が一つあります。それは栄典(勲章等)の授与で、憲法7条7号の天皇の国事行為に含まれる「栄典の授与」を具体化したものですが、これは「国民の権利を何ら制限するものではなく、国民に利益を与えるだけだから」等と説明されています。しかし法律がないこと自体に異論も多く、「栄典法」という法律を国会で審議して定めるべきだという見解も有力のようです。



 

  

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