
1976年、ベルギー大学熱帯医学研究所に在籍時、エボラウイルスを共同発見。同研究所の微生物免疫学部教授などを経て、1995年にUNAIDS(国連エイズ合同計画)初代事務局長に就任。2010年よりロンドン大学衛生・熱帯医学大学院の学長を務める。著書に回顧録『ノー・タイム・トゥ・ルーズ』(慶應義塾大学出版会)がある
Text by David Pilling
世界的「ウイルス・ハンター」の新型コロナの見解
白い無精ひげを生やしたピーター・ピオット(71)がしっかりした足取りで近づいて来て、私に手を伸ばした。微生物学者である彼は、新型コロナウイルス(COVID-19)のパニックの渦中にあっても、握手は安全だと確信しているようだ。
ピオットは、世界で最も有名な「ウイルス・ハンター」のひとりだ。だが、彼自身はその呼称に違和感を覚えるそうで、むしろ「ウイルス探偵」と呼ばれるのを好む。
ピオットは27歳のときにエボラウイルスを共同発見し、90年代以降はHIVウイルスとエイズとの闘いを牽引した保健業界の伝説的人物だ。慣習や権威に興味のない彼は、感染症だけでなく世界中の官僚主義とも闘って来た。

イタリア・ナポリ市の教会で消毒する作業員。3月10日、イタリアの感染者数は1万人を超えた
Photo : Salvatore Laporta / KONTROLAB / LightRocket via Getty Images
現在は公衆衛生と熱帯医学の世界的な研究機関であるロンドン大学衛生・熱帯医学大学院の学長を務めるピオットは、非常にチャーミングで友好的な人物でもある。私は彼に昨今、世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスについて話を聞くため、ロンドンでランチを共にすることにした。
我々はソーホーにある有名なイタリアン・タパスの店「ボッカ・ディ・ルポ」で待ち合わせし、彼のお気に入りの奥まった席に座った。常連客であるにもかかわらず、ピオットのメニューを見る目はまるで医師がカルテを精査するときのように真剣だ。ピオットは、クランベリービーンズと冬トマト、バジルのナポリタン風と子豚料理を注文した。
「さて、これで今日の一番大切な決断は終わりましたね」と、ピオットは私にウィンクをした。ワインが運ばれてくると、彼はグラスを回して「アフリカに乾杯」と言った。アフリカはそのキャリアを通して、彼が何度も再訪している場所だ。
世界は騒ぎ過ぎなのか?
1976年、まだ若手の微生物学者だったピオットが働いていた研究室に2本の試験管が届いた。なかに入っているのがベルギー人の修道女から採取したエボラウイルスのサンプルだと判明すると、ピオットはすぐさま分析に着手した。

コンゴ民主共和国にあるエボラ出血熱の治療センター。同国では2018年に再びエボラ流行が確認された
Photo: Andia / Universal Images Group via Getty Images
「謎のアウトブレイク(感染症の集団発生)のせいで、すっかりアドレナリンが出てしまったんです」とピオット。そのとき、彼は防護服もマスクも身に着けていなかった。
「死ぬ可能性はおおいにあったでしょうね」とピオットは言う。
そろそろ、新型コロナウイルスに関する最初の質問をすることにした。「世界はこの新しい感染症に過剰反応している」という意見をピオットはどう見ているのだろうか? いまのところ、新型コロナによる死者数は季節性インフルエンザのそれよりずっと少ないのだ。
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「私は人を怖がらせて喜ぶタイプではありませんが、現在の状況は深刻だと思います。恐れるに足らずと考える余裕はありません」
セージの葉の天ぷらにかじりつきながら、ピオットはこう続けた。
私がピオットに取材したのは、2月13日だ。すでにこの新型コロナによって世界中で1500人以上が死亡し(編集部注:2020年3月7日時点で感染者数は10万3735人、死者数は3519人)、韓国、イラン、イタリアで深刻な大流行が起きている。日本はすべての学校を閉鎖し、サウジアラビアはメッカ巡礼を中止した。株式市場は感染拡大が世界経済に与える混乱を懸念して、下落し続けている。
「致死率はいまのところ1%ですが、問題はいったい何人が感染するかということです。もし100万人感染したとしたら、1万人が死亡することになります」【続く】
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