Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

IR(Institutional Research)での大学間相互評価と、日本版IRについて考えよう

high190です。
ここ最近の大学経営についてのホットトピックのひとつがIRであると思っています。IRの定義については以前もご紹介しましたが、「大学の中にある様々な情報を活用し、教育、研究等の大学の業務の改善や意思決定の支援情報のデザイン、収集、分析、評価、活用、提供などの中核を担う」ことを指しています。*1
今、大学関係者の注目を集めているIRですが、同志社大学北海道大学大阪府立大学甲南大学の4大学が行っている「相互評価に基づく学士課程教育質保証システムの創出―国公私立4大学IRネットワーク」では設置者の枠を越えた複数の大学間連携IRが行われています。このプログラムは、平成21年度に文部科学省の戦略的大学連携支援事業に採択された取り組みで、国公私立大学間の積極的な連携を推進し、各大学における教育研究資源を有効活用することにより、当該地域の知の拠点として、教育研究水準のさらなる高度化、個性・特色の明確化、大学運営基盤の強化等を図ることを目的としています。


IRという言葉が大学の間で使われ始めている。報道の世界でIRといえば調査報道(Investigative Report)だが、大学の世界では機関調査(Institutional Research)となる。大学のさまざまな情報を把握・分析して数値化、標準化するなどし、結果を教育や研究、学生支援、経営などに活用することを意味するという。
多面的な機能が大学にはある。だが大学自身がその実態をつかみ切れず、学内で共有できていないことが多い。そのため自分を調査して分析し、さまざまな改革に生かそうという試みがIRだ。ただ、IRの結果を他大学と比較して客観化、相対化しながら問題点をみつけなければ、改革の役にはたちにくい。だからこそ共同調査という手法が生きてくる。
同志社、北海道、大阪府立、甲南の4大学は共同でIRを進め、加入大学をさらに増やしていくことを考えている。12月4日に同志社大学でIRシンポジウムが開かれ、4大学がその意義を強調した。

●学生の実態、客観的に比較
4大学の調査とはどんなものか。今回実施された「一年生調査2010年」は、2010年秋に入学から半年たった1年生を対象に行われた。調査報告書によると、対象となる学生の構成比は同志社大阪府立がそれぞれ約25%、甲南が41%、北海道が9%だった。
さまざまな質問をしている。そのなかで1週間の学習時間をみると「授業や実験に出る時間」は20時間以上がもっとも多く約40%、16〜20時間が約30%、11〜15時間が約20%、6〜10時間が約10%。平均は16時間だった。これに対して「授業時間以外に勉強や宿題をする時間」は平均で4時間程度。1〜2時間、3〜5時間が各約30%で、6時間以上が約20%、1時間未満とまったくないのが約21%となっている。マンガや雑誌を除いた読書の時間については、1週間で平均2.3時間。1時間未満が26%、1〜2時間が22%、3〜5時間が16%、6〜10時間が6%となっていた。読書に没頭する学生がほとんどいないことがうかがえる。これらは調査のほんの一部。ほかに英語の修得状況や大学生活への意識なども大きな項目として尋ねている。
こうした膨大な調査を大学の教育に役立てていこうというところにIRのねらいがある。4大学の間で、たとえば学習時間を比較して客観的な位置を確認する。さらにクロス集計して、傾向や対策をみつける。それをもとに大学自身が活用して改革に生かしていく――ということになる。

●成果は各大学が様々に活用
山田礼子・同志社大学教授によるシンポジウム報告によると、調査をもとにした具体的な取り組みとして、北大は「学習時間の確保の確認と改善」、大阪府立大は「教育体制の再編・カリキュラム改革の検証」、甲南大は「英語の到達目標の制定」、そして同志社大はIRネットワーク事務局としての調査の総括と学生調査の実施・分析につなげていったという。山田教授らは今後、さらに加入大学を広げてコミュニティーをつくり、システム開発やデータ分析ができる人材育成につなげたいと考えている。
2011年度から大学情報の公開が義務化され、計画から実行、評価、改善のPDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルを実質化するよう、さまざまな場所で大学には注文がついている。大学自ら調査して改革に役立てるのは必要だ。しかし調査で学生の実態を把握したとして、大学の教員や経営側との科学的なつながりを示すことも必要になる。たとえばどんな授業が学生を伸ばすのか、どういう教員や教え方などにコストをかければ効果があがるのかなど、学生とともに教員や組織としての大学も、何らかのかたちで調査の対象にしてこそ意味が深まりそうだ。
シンポジウムでは、文部科学省の担当者が大学情報を活用することの重要性を強調した。同時に「IRを役立てるためにも大学内のガバナンス改革が必要」と話していた。大学にとってマイナスになる情報は出したくない、せっかく調査しても報告書をつくっただけで終わり……となるようだと本来のねらいが生きてこない。IRは長い視点で見る必要がある。

記事中で山上氏が指摘している通り、大学にとってIRというものは大学経営に活かすための指標を作成することです。単純に数字を出して終わるのではなく、エビデンス・ベースの経営判断を行うために各種活動を指標化することにこそIRの本質があるように思います。そういった観点ではまさしく「意思決定の支援情報」を提供するための活動ということになります。ちなみに私は日本におけるIRはまだまだ発展途上であるとの認識を持っていまして、大学間連携がいけないという訳ではありませんが、専任のIR担当者を置いている諸外国と比較した場合、どちらかと言うとまだ日本ではIRの制度面に研究の主眼が置かれていて、専門的なIRの知識を持った大学職員は誕生していないと見るべきではないかと思います。では、AIR*2のようにIRの専門職団体が存在するようなアメリカの大学ではどうなのでしょうか?たまたま見つけたので、ひとつの例を挙げたいと思います。カリフォルニア州にあるSaint Mary's College of Californiaです。


The Institutional Research Office serves the SMC community by providing reliable, timely data and information in support of planning, decision making, and policy formulation.

IRは企画、意思決定、方針決定をサポートするためにあります。組織の戦略構築の土台となる基礎的情報を意思決定者に提供することがIRの役割であることを考えると、本来的には各大学が独自に収集した情報を大学の特色や建学の精神などに照らして、有効に活用していくのが本筋であろうと思います。しかしながら、現在の日本の大学においてはIRが誤解されているとの指摘もあり、*3山上氏の指摘の通り、IRの結果を他大学と比較して客観化、相対化していくのはまだ時間がかかりそうです。
大学間連携のIRという新たな形を示した今回の取り組みですが、学校教育法施行規則の改正による情報公表の義務化を踏まえ、大学に対する情報公開の圧力は高まる一方であるため、情報を公開すると同時に分析できる人材を育てていくことが急務です。大学間連携をエンジンとするIR専門職を育成するという大きな目標のあるプロジェクトですが、まずは加入大学を増やしながらIRがどういうものかを体験できる体制を整備して、ゆくゆくは日本版AIRに繋がっていけばいいと思いますね。

*1:私学事業団発行の「月報私学」に掲載されている「大学経営とIR活動」が面白い−http://d.hatena.ne.jp/high190/20110822

*2:Association for Institutional Research (AIR) http://www.airweb.org/

*3:「大学経営の基盤となる日本型インスティテューショナル・リサーチの可能性」http://rihe.hiroshima-u.ac.jp/tmp_djvu.php?id=101549