スマホを「ビーム」で狙い撃て!

20年に一度の通信革命、百花繚乱の大容量データ社会が到来──甘い宣伝文句ばかり先行する5Gだが、実は莫大な設備投資が必要となるいばらの道だ。どうしてか? 5Gで活用が期待される電波(28GHz帯)は通信容量こそ大きくできるものの、原理的に届く距離が短い。極論すれば、これまで高層ビルの屋上に設置していた携帯電話の基地局を、各階の窓に置かなければならないというほどの違いが起こりうる。しかも、かなりの数が必要だ。

数万基〜数十万基という単位の基地局増設をどういう順序で行うべきか──大手の通信キャリアは日夜、知恵を絞っている。一台一台のコストダウンは至上命題。と同時に、勝負の分かれ目は「とてつもなく狭いエリアでスマートフォン何台分を(混乱なく)さばくことができるか」だ。その際、「ビームフォーミング」という技術が鍵となる。ビームとは、あのビームだ。

中央にみえる小さな黒いチップが、スマートフォンなどの端末を「狙い撃ち」にするアナログ・デバイセズ(ADI)製のビームフォーマー「ADMV4801」。5G時代のキーデヴァイスだ。

そもそも電波は有限、かつ公共の資源である。それゆえ、携帯電話の歴史は複数の端末が同じ周波数を使っても混信しない「多元接続技術」の歴史でもあったが、5Gではついに「SDMA(空間分割多元接続)」の時代へと突入した。簡単に言うと、ひとつの基地局が複数本のアンテナ(アレイアンテナ)を使うことで、たくさんの端末を「位置の違い」で区別できるようになる、というものだ。SDMAはこれまでの手法に比べ、電波の利用効率が格段に向上するという。

また基地局がアレイアンテナを搭載することで、送信時にも特定の座標(端末)を使った狙い撃ちが可能になる。それが「ビームフォーミング」だ。これで端末同士の干渉を大幅に減らし、通信のクオリティを劇的に引き上げられる。いやはや、すごい時代になったものだ。

ちなみにアレイアンテナは多ければ多いほどいいらしい。ならば4本を8本にしよう。あるいは16本に、ここはドンと64本──いや、残念ながら、そうは問屋が卸さない。

汝、アナログを集積せよ

素直に考えれば、アレイアンテナとは基地局の合体版だ。うかつに増やせばひとつの基地局が「トラック1台分の大きさ」ほどになってしまう。それではまったくの問題外であり、5Gの要件である「狭い範囲にたくさん設置する」という目的にそぐわない。つまり、あっと驚くほどコンパクトな、そして無数の電波をさばききる「心臓部」が求められる。キーワードは、アンテナから送り込まれる「アナログ信号」だ。

例えば、なだらかな電圧の変化といったアナログ信号を0と1のデジタル信号に変換、あるいはその逆を担う「AD/DAコンバータ」なる代物。アレイアンテナを備えた基地局の内部には、このコンバータがアンテナの本数だけずらりと並んでしまう。こういったアナログ信号処理装置の省スペース化、すなわち半導体製造技術を用いた「アナログ処理の1チップ化」は、5G社会の実現において必達の課題と言っていい。しかも、かなりの難事業だ。あなたが電子工作のマニアなら、その難しさを察してくれるかもしれない。

中央にみえる銀色の小さなCMOSチップは、なんと12ビットADコンバータを4基、16ビットDAコンバータ4基の合計8基を集積(!)したADIの「AD9081」。アナログリッチなCMOSという荒技は、通信のみならず、膨大なセンサーを必要とする家電や車載といった分野でも力を発揮するだろう。

一般論として、アナログの回路づくりは職人芸の極みである。部品のばらつきなど厄介な問題が常につきまとうから、「考えた通りに動くはず」のデジタル回路設計、あるいはソフトウェアのプログラミングに比べ、大袈裟にいえば「魔法」。そもそもスマートフォンの心臓部として有名なSoC(システム・オン・チップ)は毛色の違うさまざまなデジタル信号処理を小指の先ほどに集積する怪物だが、ことアナログに限っては不得手。SoCの主流であるCMOSという製法自体、アナログの実装に不向きといえる。

しかし、CMOSの手法でアナログ系が思いのままに集積できるなら、圧倒的なコストダウンが期待できる。だからこそ、IC製造の大手アナログ・デバイセズ(ADI)は「CMOS」x「アナログ」という荒技に取り組んできた。同社は5Gを実現する魔術の担い手、いわば魔法使い。集積されたAD/DAコンバータやビームフォーマーといったインパクトのある製品で「Ready to Drive 5G」を標榜している。なんといっても、社名にアナログがついているのだから恐れ入る。

同社が手がける「凄いアナログ」のなかでも、SDR(Software Defined Radio=ソフトウェア無線)を実現する製品ブランド「RadioVerse™」は要注目だ。プログラムを書くだけでカスタマイズ可能な通信ボードであり、大きさは手のひらサイズ。ロボットやドローンに格納できるほど小さいうえに、Raspberry PiやJetsonのごとくLinuxで動作する。アナログの経験に乏しい学生やアマチュアにも扱えそうだ。イージーかつ超高性能な通信機は、5G時代のハッカー必須アイテムとなり得るに違いない。

ADIの広帯域トランシーバーチップ「ADRV9009」と汎用の他社製FPGA1基を組み合わせた、アライアンスパートナーのマリモ電子工業社製のボード(中央)。ADIとパートナー企業が一丸となって推し進める「RadioVerse™」のエコシステムは通信にまつわるさまざまな設計を簡素化する。

扱いの難しいアナログ技術をブラックボックス化し、プログラマーだけで弁当箱サイズの通信基地局をつくり出せる時代。だからこそ5Gは勢いづく。公園のベンチに埋め込めるだろうか。洒落たオフィスに違和感なく溶け込ませるには。基地局の進化と端末の進化、そのふたつが両輪となって、新たな通信コミュニケーションをかたちづくる。あなたの自宅の居間やキッチンまで、5Gのロゴだらけになる日はそう遠くない。

弁当箱サイズの基地局という未来──ADIのAD/DAコンバーター「AD9081」は、28GHz帯よりもさらに高い周波数の通信プラットフォームにも対応する。写真は60GHz帯のソリューションに用いた例(アライアンスパートナーのギガファーム社製「GigaConnect60」)。

「アナログ」こそがイノヴェイションの源泉

とはいえ、NTTドコモやauといった大手の通信キャリアが5Gの対応エリアを速やかに拡大できるかどうかは不透明だ。一方、警察や消防局、あるいは病院といったセキュアかつ高性能な通信を必要とする現場は、独自に「ローカル5G」の基地局を構えることができる。いわば「会員制スマホ」であり、法整備も完了済みだ。

気になるのは、すっかり市民権を得た無線LAN(Wi-Fi)の行く末だが、シビアな現場では力不足だという。

「現行のWi-Fiは、つながりにくかったり途中で切れたりしても諦めざるをえない技術。一方で5Gは、1/1,000秒程度の遅れを目標に置いている。秒刻みで動く職種での本格的な利活用が期待できます」(ADI プラットフォーム・プログラム・マネージャー高松創)

例えば病院の遠隔手術。あるいは災害時のドローンの遠隔操縦。そういった「絶対に切れてはいけない・遅れてはいけない通信」を5Gが実現してくれるとなれば、電波を扱う業界はいま以上の盛り上がりをみせていくはずだ。

新たな世界を切り拓く超爆速のローカル無線通信。あなたの組織がローカル5Gを必要とするなら、まずは「送受信試験を3日で始められる」というアライアンスパートナーiDAQS社製の評価システムの導入を検討しよう。組み合わせられた5つのボードのうち4つが、ADIのチップを核として動作する。

5Gに限らず、この10年でテクノロジーの最先端は大きく矛先を変えた。インターネットとパソコン、つまりは「ソフトウェア」が主戦場だった時代は終わりを告げ、スマホやドローンや自律走行車といった「モバイル端末」が現実世界とどうつながるか、すなわち「ヴァーチャル空間がリアル空間の気配をどう感じとるか」がイノヴェイションの源泉となりつつある。不可欠なのはセンサーだ。目に相当するカメラ、三半規管に相当する加速度計、そして口や耳となる通信機。そこには無数のアナログ信号が飛び交っている。

言い換えれば、真にビジネスチャンスが潜んでいる場所は画面の中ではなく、外だ。AI(機械学習)やデータ処理といった机上のテクノロジーが注目を浴びるなか、アナログ量への嗅覚こそが命運を分けるといっても過言ではない。どこかで宝箱を見出したとき、その宝箱をこじ開けたいなら、きっと「凄い魔術」を身につけておいて損はないだろう。合言葉はアナログ。さぁ、新たな冒険を始めよう。

アナログ・デバイセズ 5G